Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

最近見た映画の感想(第243回)

・『ヤコペッティの さらばアフリカ』

前々回の映画評で集中的に取り上げた、イタリア映画界の鬼才、グァルティエロ・ヤコペッティ

本作は、そんなヤコペッティ監督が独立に沸く新興国家・アフリカ諸国をフィルムに収めたドキュメンタリー映画である。

1960年代、アフリカは欧米による植民地支配からついに解放された。ではこれで万事ハッピーになったのかといえば……もちろんそんなことはなかった、難問が山積だというのが、この映画の主題である。

白人の入植者たちは、たとえば邸宅や農場などを残していった。黒人政府は、それらをどうしたか。売却するなんてまだいいほうで、ひどい場合にはすべて破壊し、跡地に多くの黒人を住まわせるということもやったのである。かつての豊かな邸宅は、かくしてスラム街と化した。

圧巻なのが中盤、黒人によるアラブ系住民の虐殺シーンである。

大地に、なにやら白いものがぽつんぽつんと転がっている。

なんだろう。カメラがズームする。

なんと、それは白い衣服をまとったアラブ系住民たちの死体であった。彼らは「先祖が黒人を奴隷として売ったから」というただそれだけの理由で、自らには落ち度がないにもかかわらず、虐殺されたのだ。

本作は、このように殺害シーンのオンパレード。人間の虐殺もあるし、動物たちの虐殺もある。

ヤコペッティ監督は、このころからすでに民族対立が顕在化していたルワンダも取り上げている。後にルワンダにて大虐殺が起こったのは、周知のとおり。このドキュメンタリーの鬼才は、この時点ですでに後の大虐殺を予見していたのかもしれない。

本作ではこの他にも、動物の密猟場面などが繰り返し描かれる。我々は、そのたびに胸を痛める。

 

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・『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』

ギリシャ系の非モテ・アラサー女子が、一念発起してリア充となり、一般的なプロテスタントの男性との婚約にまでこぎつける。ところが立ちはだかる民族・宗教の壁は高く、結婚式までなかなか一筋縄ではいかない。本作は、そこに至るまでのドタバタをコメディタッチで描く。

邦題では『マイ・ビッグ・ファット・ウェディング』となっているが、原題は"My Big Fat Greek Wedding"。ギリシャ系住民の生活様式を描いているのがポイントだ。

ギリシャ系の主人公の父親は、英単語はなんでもかんでもギリシャ語由来だと言い張る。まるで「〇〇の起源はわが国!」と言い張る某大陸国家のようだ。

彼は口を開けばとにかく「ギリシャという国がいかに素晴らしいか」を力説しつづける。僕などは「そんなに素晴らしい国なら、どうして経済はガタガタで世界に迷惑をかけつづけるんですか?」とイジワルを言いたくなる(w

ギリシャ系の主人公の家族たちは、結婚にはギリシャ正教の洗礼を受けることが必要と言う。プロテスタントである新郎は、かくして正教の教会にて洗礼を受ける。これがまた興味深い。祭壇の前にビニール製の家庭用プール(!)が設けられ、そこで神父が新郎をジャブジャブと水に漬けて洗礼するのである。

結婚式もこの教会で。新郎の家は個人主義的なプロテスタントであるため、ごく一部の親族しか参列しない。対する新婦のほうは、ギリシャ正教の大家族。遠戚たちがずらりと集う。

ギリシャ系コミュニティーの、口うるさいけれども豊かな絆が、いささかうらやましいと感じた。

 

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・『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

20世紀初頭、米西部にて石油を掘り当て、一財産を築いた男の物語。といっても、その物語は暗く陰鬱としたものであるが。

石油は、人間の欲望の塊である。当然、それを採掘する現場には人間の欲望がドロドロと溢れかえっている。

欲望にまみれた人間が最後に救いを求めるのが、宗教だ。採掘現場の付近にはややカルトじみたキリスト教の教会があり、若い牧師がそこで日夜、悪魔祓いの儀式などをやっている。

全体に、世紀末的な空気が漂う。

そんななかで長年暮してきた主人公は、「自分は人を見ただけで、その人の悪の部分が見える」と言う。

僕は、ドストエフスキーを思い出した。僕の友人が彼の凄さを「ウ〇コ凝視力」と評して、僕は感心したことがある――お食事中の方、すみません(;^_^A

ドストエフスキーは、人間の思わず目をそむけたくなるような醜悪な部分を見つめ続け、それを文学へと昇華した。彼の作品には、そのせいか、まともな大人が誰ひとり登場しない。

同じく病んだ人間たちばかりが登場する本作は、長尺(2時間38分)なのもあって、まるでドストエフスキーの長編小説を読んでいるかのような感覚にさせてくれるのである。

 

余談ながら。劇中、油田火災が発生する。こういう時は、さてどうすればいいか。僕は以前『恐怖の報酬』という映画を見たことがあるから、“正解”が分かった。

火災現場で、あえてダイナマイトを爆発させるのだ。「そんなことをしたら火に油を注ぐようなものじゃないか!」と思われるかもしれないが、こうすることによって強い爆風を生じさせ、鎮火することができるのである。こうした手法は、「爆風消火」と呼ばれる。

 

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・『スクープ 悪意の不在』

情報操作による報道被害をテーマとした、社会派の作品である。

港湾労働組合のリーダーが行方不明になるという事件が発生。警察は、ポール・ニューマン演じる卸商人の男性をマークする。彼らは、男性を容疑者に仕立てあげるべく、マスコミを利用することを思いつく。

警察は、地元紙の女性記者をうまい具合に誘導し、その目論み通り、彼女は男性を容疑者扱いする記事を執筆する。周囲からの疑念の視線に晒されることとなった男性は、警察やマスコミを相手に反撃を開始する。

日本でも、松本サリン事件の際に、現場付近に住む男性が容疑者として疑われるという報道被害が問題になった。このような問題は、近代社会であれば、時代、場所を問わず起こるものなのだ。本作のテーマの普遍性に、驚くほかない。

一方、それとは別に、本作は純粋に男女のロマンスとしても楽しむことができる。とりわけポール・ニューマンが漂わせる男の色気が物凄い。同性の僕ですら思わずウットリしてしまうほどだから(w)、女性の観客はすっかり彼に参ってしまうことだろう。

 

 

・『イエスマン  “YES”は人生のパスワード』

イエスマンといったら普通は、上司の言うことになんでもかんでもハイハイ答える人のことだが、本作におけるイエスマンは上司とか関係なく、あらゆる人の言うことにハイハイ答えてしまう人のことである。

ジム・キャリー演じる主人公は、バツイチで友達もおらず、仕事も伸び悩んでいる。そんなダメダメの彼が、とある自己啓発セミナーにてファシリテーターから「誰の言うことにも必ずイエスと答える」という課題を与えられたことから、人生が一転。仕事にも友達にも恵まれ、ついには新しい恋人までできる……という内容のコメディ映画である。

本作を見ていると、人の縁の大切さにあらためて気付かされる。

皆だれしも、ひとりだけで生きているのではない。人々との縁によって生かされているのである。

何を当たり前な、と思われるかもしれないが、いやいや、こういう当たり前のことほど、人はうっかり忘れてしまうものなのである(w

それまで人の縁を忘れていたがゆえにダメダメな人生を送っていた主人公は、誰の言うことにもイエスと答えることによって、人の縁を再発見、人生を好転させることができたのだ。