Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『ハーバード白熱教室講義録』

先日は、マイケル・サンデル教授の『これからの「正義」の話をしよう』を取り上げた。

本日は、TV番組『ハーバード白熱教室』での討論をほぼそのまま活字化した、『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』早川書房をご紹介するとしよう。

 

議論の進め方は『これからの「正義」~』と同様だ。というか、『これからの「正義」~』がこの講義の内容を一冊の書籍にまとめたものなのである。

サンデル教授は、過去の哲学者たちの正義に関する考えを概観していく。上巻ではまず功利主義から始まり、ジョン・ロック、そしてカントの思想へと至る。

『これからの「正義」~』でもイヤというほど痛感させられたことだが、カントの思想は、なかなかに厄介である。さしものハーバードの学生たちも、ついていくので精一杯といった感じだ。普段あれほど積極的に発言する彼らも、ここではすっかり黙ってしまい、サンデル教授がカントを解説するかたちになっている。

逆に言えば、カント以外では、彼らは実に利発で、饒舌だ。積極的にがんがん発言していく。

本著を読んでいて最も驚くのは、政治哲学に関する講義であるにもかかわらず、(一同笑)というフレーズがあまりにも多いことだ。すごい場合には、1ページのなかに4回くらい、この(一同笑)が出てくる(w)。それほど、彼らは実によく笑うのだ。

もちろん、サンデル教授のユーモアにあふれた巧みな話術が、その最大の要因だろう。だが、学生たちもまた主体的に議論に参加しようとしているからこそ、彼らの発言もときに我々を笑わせるユーモラスなものとなるのだ――不真面目かつ無気力な人間に笑いの神が降臨することはない

ハーバード白熱教室』は、サンデル教授と学生たちとの、言うなれば共同制作なのである。

 

ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業(上)

ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業(上)

 

 

つづいて下巻へ。

議論はいよいよ佳境に入っていく。これまでは近世ヨーロッパの思想家が取り上げられることが多かったが、ここから古代ギリシャの思想家・アリストテレスの思想が本格的に検討されるのである。

下巻では授業の大半が、アリストテレスの検討に費やされる。サンデル教授は、どうしてアリストテレスにここまでこだわるのだろう?

実は、サンデル教授はアリストテレスから大きな影響を受けており、彼の思想をもとに自らのコミュニタリアニズム共同体主義の思想を構築していったのだ。ゆえに、この講義でもアリストテレスが主に学ばれるのである。そしてその後に、いよいよサンデル教授はみずからの十八番、コミュニタリアニズムの検討に入るのである。

ここでサンデル教授が巧みなのは、「先生の立場はコミュニタリアン共同体主義者)です」とは言わないことだ。

この講義において、彼は一貫して、「先生はこうだと思います」とは言わない。まして「これが答えだ!」と学生たちに“正解”を押しつけることもしない。

彼は、学生たちに自由にしゃべらせる。ときには学生同士でディベートもさせる。そしてサンデル教授自身は、自らの見解を述べることはしないのだ。

周知のとおり、サンデル教授はコミュニタリアンの論客であり、これまでにリベラルやリバタリアンの論客らと論争をしてきた。そんなサンデル教授ならば、“本気を出せば”リバタリアンの学生などボコボコに論破できるはずなのだ。それなのに、彼はそれをしないのである。

もちろん、学生たちとてサンデル教授がコミュニタリアンであることは百も周知だろう。それでも彼らは教授相手に物怖じせず、自らの意見を言う。サンデル教授も彼らに積極的にしゃべらせる。

これは、重要である。僕は評論家・宇野常寛さんの『ゼロ年代の思想』を思い出す。

この本のなかで宇野さんは、現在のように人々の価値観が多様化した社会では、もはや年長者が「これが答えだ!」と自らの思想を押しつけることはできない、そのような意味で、かつてのような師弟関係は今日では成立しない、と述べていた。

では、現代において師匠のやるべきこととは何か。

それは、弟子が試行錯誤して自らの道を選びとることのできる環境をつくり、それを支えることである。

サンデル教授もそうだ。彼は“正解”を言うのではなく、学生たちに積極的に議論させ、“彼らにとっての正解”を探させるのである。

 

一連の講義の最後に、サンデル教授は政治哲学の不可能性と不可避性について語っている。

これまで、多くの優れた哲学者たちが正義とは何かと議論しつづけてきたが、正解は出なかった(政治哲学の不可能性)。しかしそれでもなお、我々は正義について議論することから避けられない(政治哲学の不可避性)

年長者に求められるのは、その議論のための場を若者たちに提供することである。

この混迷の現代に、彼の講義が耳目を集めたのは、したがって必然といえるだろう。

 

ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業(下)

ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業(下)

 

 

もうひとつ、付けくわえたいことがある。

本著を通じて、僕は「自己主張することによってむしろチームワークを保つ」ことの大切さを改めて感じた。

以前取り上げたネルケ無方さんの著書のなかで、ネルケさんはいかにもドイツ人らしくサッカーの喩えを用いて、「個を主張しなければチームワークは成り立たない。控えめすぎても、逆に個ばかり主張しすぎても、チームワークは成立しない」と書いていた。

ハーバード白熱教室』はまさにサッカーチームのようだ。学生たちが盛んに個を主張することで、かえって学生たちの結束が強まっていく。サンデル教授ははじめからそれを狙っていたかのようだ。

この点、本著巻末に掲載されている、サンデル教授の東大での特別授業は、実は微妙である(;^_^A

活字化されるとあまり強い印象を受けないのだが、テレビ放送では、学生のなかにひとり、いかにも今どきの「意識高い系」みたいな感じの男子学生がガンガン自己主張し、他の学生をマウンティング(上から目線で見下すこと)する光景が見られた。

これは、個ばかり主張しすぎてチームワークを壊す典型例である。意外にも、日本の東大生たちのほうがチームワークが下手だったのだ。