Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『独学のすすめ』

以前にも書いたとおり、僕は大学時代、理系の学部に所属していた。しかし元来は文系科目のほうが得意だった僕にとって、理系の学問はどうにも性に合わなかった。

大学院の試験も一応受けて合格していたのだけれど、結局は院への進学はせず、学部を卒業してそのまま理系の世界からは去ってしまった。

こんなことなら、はじめから文系の学部で4年間、哲学やら社会学やら経済学やらを勉強すれば良かった、といまだに後悔している。

大学卒業以降、文系学問の学習はすべて独学で行っている。だが、本当に独学でいいのだろうか、やはりちゃんとした教育機関で教育を受けるべきではないのか、と常々思ってきた。

 

今回、『独学のすすめ』筑摩書房という本を読んで、すこし癒された。

著者は、社会学者の加藤秀俊さん。

本著は、加藤さんの教育に関するエッセイをまとめて一冊の書籍としたものだ。

どの章の内容も、実に示唆に富んでいる。

 

はじめに加藤さんは、独学ながら大きな学問的業績をあげた、ジェーン・グドールというアマチュア動物学者の例を挙げている。そして、そもそも大学で勉強するという今日の学問のスタイル自体、歴史の浅いものにすぎない、昔の人は基本的に独学だったのだ、と書いている。

さらに、今日では公立図書館も普及しているし、テレビを通じた教育――Eテレ、放送大学など――も普及しているのだから、なおのこと独学はしやすいのだ、とさえ述べている。

これには勇気づけられた(w

ここで加藤さんのいう「今日」とは、本著が執筆された1970年代のことである。その後、社会は大きな変化を経験した。いうまでもなく、インターネットの登場がそれである。

21世紀の今日では、パソコンやスマホでカチャカチャと検索すれば、たちまち洪水のように大量の情報が押し寄せてくる。70年代当時と比べて、独学はますますやりやすくなった、と言っていいだろう。

 

このほかにも、たとえば「読書について」と題された章が面白い。

加藤さんの家には1万冊以上(!)もの蔵書があるらしいのだが、とてもじゃないが全部は読み切れない。読書には限りがあるからだ。ならば、どの本を読むかという選択が大事、という話になる。

たしかにそうだ。僕の周りの読書人たちも、「生涯であとどれくらい本が読めるか」といつも真剣に悩んでいる様子である。僕はまだ幸いにして、こうした悩みに直面したことはないのだが、やがては同様に頭を抱えることとなるのだろう。

僕は今のところ、1年に250冊以上のペースで本を読んでいるから、4年のうちに1000冊を超える計算になる。それでも、1万冊読むのには、40年かかる計算になる。

「万巻の書を読む」という言い方をよくするが、僕の場合、おじいちゃんになってようやく1万冊達成かぁ。う~む、どうにもピンとこない(;^ω^)

 

中盤の、三国志の話も興味深い。といっても、三国志そのものが面白いという話でもないのだ――まぁ面白いけどね(w

本著が執筆された1970年代当時、加藤さんは三国志を「かつての日本人は皆知っていたが、最近では失われつつある古い常識」の典型として取り上げている。「最近では三国志を知らない若者が増えた」と加藤さんは嘆いているのだ。

2010年代の今日の我々ならば、彼のこの苦悩を一笑に付すことだろう。三国志は今日、忘れられるどころか、むしろますますその人気を高めつつあるからだ。

今日の三国志人気の貢献者は、1970年代当時にはなかったもの、すなわちゲームである。

現代の若者たちは、三国志を題材とした歴史ゲームで遊ぶことによって、三国志の知識を自然と蓄えているのである。これは、加藤さんには盲点だったことだろう。

このことは、我々に示唆を与えてくれる。ゲームをはじめとするサブカルチャーは、決して伝統文化の破壊者などではない、むしろ伝統文化の次世代への伝達に貢献するものだという教訓である。

 

本著終盤の、「問題」に関する加藤さんの論考も、僕たちの胸に突き刺さってくる。

今日(70年代)の大学生は、型にとらわれた受験勉強ばかりやっているから、問題には当然答えがあるものとばかり思っている。だから自分で答えを見つけるということができない。いや、そもそも問題というのは与えられるものとばかり思いこんでいる。自分から問題を探しにいこう、という発想すらない――そう加藤さんは憂いている。

加藤さんは京大の教授であったが、なんとそれを辞してしまったらしい。それには、学生たちのこうした後ろ向きの態度も大きく関係していたようだ。

僕にとっても、こうした批判はとても“刺さる”ものだ。僕もやはり問題は与えられるものとばかり思っていたから、大学四年になって自分で研究をやるよう求められたときは、本当に難儀したものだった――それが、理系の世界から足を洗う一因となった。

 

加藤さんは最後に、日本の高等教育があまりにもダメダメであることを指摘している。

これと同じことは、社会学者の小室直樹さん(1932-2010)も書いていたっけ――上述の「答えが必ずあるとは限らない」問題も、やはり小室さんが著書に書いていたのを思い出す

アメリカの大学では、専攻を自由に変えることができる。他の大学へ移るのも、よくあることだ。〇〇大学の名物教授が××大学へ移ったと聞くと、多くの学生が一緒に××大学へとついていく。それが当たり前なのだ。

上述のとおり「文転」で苦労した僕には、こうしたアメリカの大学の在り方が、なんともうらやましい。日本も早くそうなってほしいと切に思う。

 

文庫版あとがきにて、加藤さんは、学問をやるうえで大事なのは「やる気」だと強調している。実は、先日取り上げた西部邁さんの本でも、「教育」と題された項目のなかで西部さんは同じことを言っていた。

大事なのは、やる気なのだ。人間、やる気さえあれば、年齢など関係ないだろう。

 

本著には、とても勇気づけられた。今では、もっと独学したい、そう強く思っている。

 

独学のすすめ (ちくま文庫)

独学のすすめ (ちくま文庫)