Furusawa Keisuke's blog

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書評『インド仏教史』

本ブログではこれまで、仏教史に関する著作をいくつか取りあげてきた。

今日ご紹介する本は、仏教学者・平川彰さんによる『インド仏教史』(春秋社)である。

大著であり、上下巻に分けられている。内容も、より専門的だ。もちろん、専門家からすればこれでもなお「初学者向け」なのだろうが、我々一般の読者にとっては読んでいて結構骨の折れる本なので、どうかご注意を(^^;)

本稿では、本著で語られるインド仏教の歴史を概観していくこととしよう。

途中、僕が誤読している箇所があったらゴメンナサイね(w

 

上巻ではまず、ブッダが教えを説いた当初の仏教、すなわち原始仏教から説明される。そこから、分派仏教、初期の大乗仏教へと話が続いていくのだ。

ブッダの生没年について、正確なことはいまだによく分かっていない。これは、驚くべきことだ。イエスの生没年はだいたい分かっているし、ムハンマドのそれもおおむね特定されている。ブッダの生没年は、しかしながら説によっては約1世紀もの隔たりがある、と平川さんは言うのだ。

どうしてこんなことになったのか。それは、インド人に現世への関心が薄かったせいだ。彼らは、来世への意識のほうが強かった。彼らは宗教書はどんどん書いたものの、現世の物語、すなわち歴史書のほうは、あまり書かなかった。それゆえ、ブッダほどの超歴史的人物の生没年が、いまだに謎のままなのである。

一方、これと正反対なのが中国だ。中国人はインド人とは対照的に、現世への関心が強い。だから彼らは現世の物語、すなわち歴史書をがんがん執筆した。こういうところに、アジアの二大国の違いを見てとることができる。中国人とインド人はソリが合わないとよく言われるが、それはこういう違いに由来しているのだろう。

 

平川さんに言わせれば、仏教はとても理知的な宗教であり、あまり偏狭でなかったがために、後世になって複数の意見に分かれ、分裂することとなった。これが、分派仏教の時代である。

その後、この分派仏教に不満を持つ人々が現れた。「今までの仏教は時代にマッチしていない。本当に苦しんでいる人々に届いていない」と考える人たちが出てきたのだ。彼らが新しく始めた仏教こそ、大乗仏教に他ならない。こうして、初期大乗仏教の時代へと突入していく。

とはいっても、大乗仏教の登場によって従来の分派仏教がすべて塗り替えられた、というわけでもないようだ。平川さんによると、分派仏教――「小乗仏教」と呼ばれた――大乗仏教は、その後も共存し続けたという。なるほど、こういうところが平川さんの言う仏教の寛容さなのかもしれない。

初期大乗仏教の時代に、今日我々がよく知っている大乗仏典、すなわち「般若経典」『法華経』『維摩経』「浄土経典」『華厳経』などの経典が成立した。これらの経典については以前本ブログにて、中村元さんの現代語訳を紹介したから、「あぁ、アレね」とピンとくる読者の方も多いはずだ。

そして大乗仏教は、後述する中観派などの登場によってさらに進化していくのである。

 

インド仏教史 上 〈新版〉

インド仏教史 上 〈新版〉

 

 

続く下巻では、後期の大乗仏教の話から始まり、密教へと入っていく。

「後期の大乗仏教」とは何ぞや。要するに、中観派唯識派のことである。

中観派については、本ブログでもたびたび言及したことがある。ナーガールジュナ(龍樹)というおそろしく頭のいい学僧によって創始された、「空」概念を重んじる大乗仏教の一派のことである。その教えは、ナーガールジュナの主著『中論』にて明らかにされている。評論家の宮崎哲弥さんは、この『中論』の教えを自らの思考の基盤、僕の言葉でいえば「思考のOS」に位置づけていることで知られている。

この中観派の次に出てきたのが、唯識派だ。三島由紀夫の『豊饒の海』はこの唯識派の思想に基づいて書かれたことで知られる。

平川さんは、下巻のかなりのページを費やして、これら中観派唯識派の思想について解説している。皆さんも、平川さんの解説を読んでみてほしい。難解な中観派唯識派を理解する助けとなってくれるはずだ――え、何、僕ですか? 僕は頭が悪いのであいかわらずチンプンカンプンでした(;^ω^)

 

本著の最後に登場するのが、密教だ。

密教は、ヒンドゥー教などの影響をうけて仏教がより呪術性を増したもので、いうなれば仏教の最終形態である。

この密教では、快楽が重視された。原始仏教では快楽は良くないものとされていたので、ここに、その評価は180度転換したこととなる。

とはいっても、密教は必ずしも快楽を全肯定したというわけでもないらしい。

≪性欲が無条件に肯定されているのではなく、性欲の浄化された在り方に、悟りの境地を見ようとするのである。したがって凡夫の愛欲がそのまま肯定されるのではない。≫(下巻371頁)

しかしながら容易に予想がつくように、性欲の肯定は仏教の堕落の始まりでもあった。密教の僧たちはまるで城塞のような、一般社会から隔離された寺院のなかで快楽を追求していったのである。

1203年、イスラーム教徒たちによる攻撃で、密教寺院は徹底的に破壊され、僧たちは殺されるか、チベットなどへ逃亡した。上述のとおり密教は一般社会から隔絶していたため、ひとたび僧たちがインドから姿を消してしまうと、もう民衆たちの間には何も残らない。

かくして、インドにおける仏教の歴史は“いったんは”その幕を下ろすこととなった。平川さんも、ここまでで『インド仏教史』の記述を終えている。

 

ところが。近代に入り、仏教再興のときがついにやってきたのである。

20世紀、被差別階級出身者であったビームラーオ・アンベードカルは仏教への改宗を表明。他の被差別階級出身者たちも、彼に続けとばかり、次々と仏教へ改宗した。こうしてインドにひさかたぶりに仏教が復活することとなった。彼ら、インド新仏教徒たちは、日本出身の僧侶・佐々井秀嶺をリーダーに迎えたことで、ますますその勢力を拡大した。今日、インド新仏教は約1億人もの信徒を抱えているという。

インドは、仏教国として力強く復活を遂げたのである。

 

インド仏教史 下 〈新版〉

インド仏教史 下 〈新版〉