Furusawa Keisuke's blog

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書評『「兵士」になれなかった三島由紀夫』

三島由紀夫は、フェイク(ニセモノ)であった。

 

と言うと、怒る人が多そうだ。

「何ィ?! 命を賭して戦後日本に抗議した人に向かって、ニセモノ呼ばわりとは何事か!」と。

誤解があるようだ。「命をささげたからフェイクではない」というよりかは、「もともとフェイクだったからこそ、命をささげることで本物になろうとした」と見るのが正解だろう。

三島という人は、意外にも、元からマッチョ右翼だったわけではない。デビュー当初は線の細いインテリ青年で、思想もあそこまで国粋主義的ではなかった。次第にボディービルディングによって筋肉モリモリマッチョマンになり、思想も国粋主義へと傾いた。

それでも、彼の派手なパフォーマンスは、どこか「文士のお遊び」といった印象を与えた。そのせいか、同時代の右翼のあいだでは「三島はニセモノ」という声も多かったのである。

三島のフェイク性を象徴するのが、彼のあの肉体ではなかったか。上述のとおり彼はボディービルにハマり、筋肉をもりもりと蓄えた。

だが、皆さん意外と誤解しがちなのだが、筋肉の量と運動神経は、実は関係がない。筋肉モリモリになったところで、もとから運動神経の鈍い人は、そのまんまなのだ。

それが分かるエピソードがある。三島は『からっ風野郎』という映画でなんと主演(!)を果たしたことがあるのだが、その撮影時、エスカレーターに頭をぶつけ、なんと入院する羽目になってしまった。

これなどは、三島のあの鍛え上げられた筋肉の裏側に隠された、運動神経の鈍さが露呈した――つまり三島の似非マッチョぶり(=フェイク性)が露呈した瞬間だったと言えるだろう。

 

つい今回も前置きが長くなったが、本日ご紹介する本は『「兵士」になれなかった三島由紀夫小学館である。

三島は1960年代後半に民兵組織「楯の会」を結成、メンバーの若者らとともに自衛隊体験入隊した。本著は、その時の三島に迫ったノンフィクションである。

著者は、ノンフィクション作家の杉山隆男さん。杉山さんは少年時代、とある式典にて実際に三島本人を遠くから目撃したという経験があるらしい(うらやましい!)

 

三島は、富士山麓自衛隊基地にて、レンジャー訓練を受けた。

レンジャー訓練は、極めて過酷だ。睡眠時間は極度に削られ、肉体は容赦なくしごかれる。三島は、そのレンジャー訓練を、もちろん全部ではないにせよ、部分的に体験したのだった。

もちろん、本来ならば素人に体験なんか絶対にさせない。三島だけ特別に経験できたのは、やはり彼が著名な小説家であり、また彼の体験入隊自衛隊のPRにもなる(※)という上層部の判断があったものと思われる。

※これには、当時自衛隊が置かれていた社会的状況を考慮する必要があろう。なにせ、このころの自衛隊は半ば公然と「人殺し!」と非難されていたのだ。

 

ところが、たとえボディービルの経験があるとはいえ、素人である三島がレンジャー訓練を受けるのには、やはり無理があった。

あるとき三島は、ロープを用いたレンジャー訓練を受けた。このときには彼の奥さんである瑤子夫人も見学に訪れていたという。

ところが三島は訓練中、ロープから転落してしまい、命からがら救助されたのであった。

これは、本人にとってはかなりショッキングな出来事であったらしい。三島はしきりに「情けない」とグチをこぼしていたという。まさに、「兵士」になれなかった三島由紀夫、であったのだ。

※三島は、走る訓練でもつねに最下位であった。このあたりの様子は、若松孝二監督の映画『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』にて詳しく描かれている。興味のある方はぜひ一度ご覧になってほしい。俳優の井浦新氏が三島を熱演している。

 

そもそも、年齢的にも無理があった。この当時、彼はすでに40代に達していたからだ。

軍隊の世界では、30を過ぎれば「老兵」と呼ばれるらしい――なら、僕はもう老兵だ。40過ぎの三島は、もはや「高齢者」である。本来ならばこのような過酷な訓練を受ける年齢ではなかった。

三島は、にもかかわらず自らを特別視されることを拒み、あくまでひとりの「レンジャー平岡」として訓練を受け続けた。

三島は、極めて真面目な人物だったのだ。

本著を読んでいると、三島のフェイク性と同時に、彼の生来の真面目さがよく伝わってくる。彼はどこまでもロマン主義的であり、また純粋でもあった。

そしてそれは、軍事の世界で求められる気質ではなかったのだ。

 

三島の『文化防衛論』という論考を、僕は以前読んだことがある。なかなか難しくて、読むのに骨が折れる本だが、この『文化防衛論』をなんとか読了した後、僕が抱いたのは、「この人(三島)は本当に軍事のことを分かっていたのかなぁ」という疑問であった。

もちろん、同論考のなかで三島は日本の軍隊の在り方について言及している。日本の軍隊は文化概念としての天皇に忠誠を誓え、とも書いている。だがそれは、本当に軍事なのか?

本来、軍事というのは、もっとずっと合理主義的で、クールで、ドライなものである。目的達成のために理性を冷たく行使する営みのことである。

三島のいう軍事とは、軍事というよりかはむしろ「文学」と呼ぶべきではなかったか。つまり、「どのように目的を達成するか」ではなく、「我々はどのように生きるべきか」、この点にのみ三島は関心があったのだ。

これは、軍事というよりかはむしろ、文学である。

三島は、そういう意味でも、やはり文学者であった。そういう意味でも、彼はやはり、「兵士」(=軍事の世界の住民)にはなれなかったのである。

 

「兵士」になれなかった三島由紀夫 (小学館文庫)

「兵士」になれなかった三島由紀夫 (小学館文庫)