Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『嫉妬と自己愛』

僕は、性格が悪い人間である。

 

と言うと、人からはよく「え~っ、ウッソ~!? 全然そんなふうには見えな~い!!」と驚かれるのだが、いやいや本当の話だ。

実のところ、僕はとても冷酷で残忍で強欲で嫉妬深く、かつ執念深い人間である。

もっとも、最近ではむしろ性格が悪くてよかったのではないか、とすら思うようになってきている。

自分のなかに嫉妬、恨みなどの負の感情が強く渦巻いているゆえに、他人から同様に恨まれるということがどれほど恐ろしいか、身に染みて分かるようになったからだ。

 

本日ご紹介する本は、『嫉妬と自己愛 「負の感情」を制した者だけが生き残れる』中央公論新社である。

著者は、本ブログではおひさしぶり(w)、作家の佐藤優さんだ。

 

さきほど、自分のなかに負の感情が渦巻いているほうがむしろいい、という話をした。では、自分のなかに負の感情なんてこれっぽっちもありません、という“イイ人”は、一体どうなるのだろう。佐藤さんは本著にてその例を挙げている。

政治家の鈴木宗男さんだ。

周知のとおり、鈴木さんは2002年、いわゆる「鈴木宗男事件」で逮捕された。当時のマスコミはとにかく「鈴木は悪い奴だ。その側近の佐藤もこれまた悪い奴だ、現代のラスプーチンだ」と煽り立てていた(のをよく記憶している。僕が高校生のころのことだ)

ところが佐藤さんに言わせると、実際の鈴木さんはむしろ“イイ人”だったという。そして、そのことがかえって災いした、というのだ。

どういうことだろう。

鈴木さんには、嫉妬という感情が全然なかった。周りの人が出世すると、「よぉし、俺も負けないで頑張るぞ!」といっそう奮励する人だった。

だから、人がどういう時にどのような嫉妬心を抱くのか、が彼には全く想像できなかったのだ。

それゆえ、彼は周りの政治家たちから嫉妬と反感を買い、政争に巻き込まれてしまったのである。

前述のとおり、僕の胸の内にはいつだって嫉妬の火がくすぶっている。僕は、したがって鈴木さんのようにはならないだろう。少しホッとした。いや、こんなことでホッとしちゃいけないんだろうけどw(;^_^A

 

本著は、佐藤さんの雑誌での連載や対談などを一冊の本にまとめたものである。一冊まるまる書き下ろしというわけではなく、佐藤さんが自らの外務省時代を振り返った文章や、小説の批評、文化人との対談やトークショーでの質疑応答など、さまざまな性格の文章が収められている――もっとも、僕は文学にあまり興味がなく、小説などはほとんど読まない人間なので、小説の批評よりも佐藤さんの外務省時代の体験談のほうをもっと聞きたかったなぁ、というのが率直な感想だ。

本著のタイトルは、繰り返しになるが、『嫉妬と自己愛』。しかし、どちらかというと後者のほうにウエイトが置かれている。佐藤さんによれば、現代人は昔の人と比べて嫉妬が薄くなっており、かわりに自己愛が強くなっている、とのこと。

えっ!? それはどうだろう。僕は現代人で、たしかに自己愛も強いけどそれ以上に嫉妬のほうが強い人間なので、この分析には正直納得がいかない……(;^ω^)

 

もうひとつ、僕は本著に不満がある。それは、佐藤さんの“黒い部分”がなかなか見えてこない、ということだ(w

本著の佐藤さんは、な~んか“イイ人”ぶっている感じがするのである(w)。彼は負の感情をコントロールする方法を客観的に解説するだけで、自らの内にある黒いドロドロとした怨念については、あまり語ってくれないのだ。

「え~、佐藤さん、アナタそんなに“イイ人”じゃないでしょ?(w アナタ、もっと悪い人でしょ? 隠したってコッチにはお見通しなんだから(w」とついイジワルを言いたくなってしまう(w

誤解なきよう。これはなにも佐藤さんを貶して言っているのではない。むしろ逆だ。僕は佐藤さんの性格の悪いところが好きなのである(w

そんな性格の悪い佐藤さんには、もっと自らの内にある悪の本性をさらけ出してほしかった。

 

が、しょうがないのかもしれない。本物の悪は、自らの内にある悪を徹底的に隠すものだからだ――だから漫画やアニメに登場する悪魔のキャラクターって、たいてい表面上は紳士的でしょ?(w