Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『三島由紀夫の二・二六事件』

20代のはじめのころから、僕は日本の戦前・戦後のナショナリストたちに関心を持つようになった。

最初に関心を持ったのは、三島由紀夫。その次に、北一輝だった。

ところが調べてみると、このふたりの天皇観はちょっと、いやだいぶ違っていることに気がついたのである。

なんというか、三島の天皇観のほうがウェットであり、北のそれはドライなのである。

三島は本当に天皇を神だと信じている、というか、“神だと信じようとした”のに対し、北は、天皇を神だと信じている人間たちを利用しようとしたのだ(=彼自身は天皇を神とは思っていない)

こうしたふたりの違いは、最後に「天皇陛下万歳!」と唱えて切腹した三島と、処刑時に「我々も天皇陛下万歳と唱えましょうか」と訊かれて「いいえ、私はやめておきましょう」と答えた北、という具合に、それぞれの最期に如実に現れたのであった。

同じ「右翼」のカテゴリーに括られる人たちでも、その内実はずいぶんと違うんだな、と当時の僕はいささか驚いたのだった。

 

本日ご紹介する書籍は、我らが“マツケン”こと、評論家の松本健一さん(1946-2014)の『三島由紀夫二・二六事件文藝春秋だ。

もっとも、このタイトルはややミスリーディングかもしれない。本著の主役は、三島だけではないからだ。

この本の真の主役、それは三島と北一輝、そして昭和天皇の三人である。

 

彼ら三人はそれぞれ、天皇観が異なっていた。

三人のなかで一番の年長は、北だ。彼の天皇観は、前述のとおりとてもドライであった。彼は天皇を、「機関」だと割り切って考えたのだ。

では彼より18歳年下の、昭和天皇はどうだったのか。彼は自らを、立憲君主だと考えていた。天皇機関説を退けた、かの国体明徴宣言の際にも、彼は「天皇機関説で良いではないか」と述べた、と伝えられている。

そういう意味では、昭和天皇本人の天皇観も、北同様にドライであったのだ。ただし、最後まで革命家であった北とは異なり、天皇はあくまで“体制側”の人であった。彼は、立憲政治を守ろうとした。2.26事件、終戦の際、昭和天皇立憲君主としては例外的に強いリーダーシップを発揮したが、それはむしろ立憲政治を守るためにしたことであった。

そうした昭和天皇のリアリスティックな決断を、「英霊を裏切った」ものと捉えたのが、天皇より24歳年下の三島であったのだ。三島は、天皇をもっと、文化的な存在として捉え、尊重していた。三島は北のドライな天皇観を嫌い、昭和天皇のリアリスティックな判断をも暗に批判した。

彼ら三人の天皇観は、このようにすれ違っていただけでなく、お互いに遺恨を残す結果にもなったのである。

 

彼ら三人の天皇観のうち、さて、我々はどれを選択、支持すべきなのだろう。

もちろん、「天皇なんて嫌だ。天皇制なんか廃止だ!」という意見があってもかまわない。僕は、日本が自由主義の国である以上、天皇制廃止論もまた許容されるべきだと考えている。

だが、そうでない人、すなわち天皇制を積極的ないし消極的に支持するという人々は、彼ら三人の天皇観のうちの、どれを参考にすればよいのだろう。

著者である松本さんは、本著のなかでこう明言している。

≪三島はもっとも深く北一輝を理解し、その「悪魔的な傲り」さえも感じとったがゆえに、北から離れていった。そして、わたしはその三島と訣れ、北一輝のほうに残ろうとするのである。≫(103頁)

松本さんは、歴史家であった。おそらく三島が「もっとも深く北を理解し」たように、もっとも深く三島を理解していた。そんな松本さんは、しかしながら三島のロマン主義的な天皇観と訣別し、北のドライな天皇観のほうを選択したのである。

僕も松本さんに賛同したい。僕も三島のロマン主義的な天皇観よりも、北のドライな天皇観のほうに共感するのである。三島のあのマゾヒスティックな――としか第三者には言いようがない――天皇崇拝には、正直、ついていけないな、と感じる。

だが、話はこれで終わりではない。天皇機関説天皇観に立つとして、では天皇にあくまで立憲君主としてふるまってもらう昭和天皇のか、それとも天皇を社会変革のための道具として積極的に活用する北一輝のかという違いが、まだ残っているからだ。

おそらく、多くの人々は昭和天皇天皇観を支持することだろう。その意味で、昭和天皇はまことに偉大な君主であった。

では僕はどうか。20代の、まだ血気盛ん(!)だったころの僕ならば、北一輝天皇観を支持したかもしれない。だが、僕も今年でもう33だ。今は“とりあえず”、昭和天皇立憲君主的な天皇観を支持する、とだけ言って本稿を終えることとしたい(w

 

三島由紀夫の二・二六事件 (文春新書)

三島由紀夫の二・二六事件 (文春新書)