Furusawa Keisuke's blog

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書評『ファシスタたらんとした者』

ここ最近、本ブログでは、評論家・西部邁さん(1939-2018)の著作をやや重点的に取り上げている。

本日ご紹介する『ファシスタたらんとした者』中央公論新社もまた、西部さんの著作であり、彼の自死の前年に刊行された本である。その内容も、評論家・西部邁の集大成、と言って過言ではないものに仕上がっている。

 

僕は以前、西部さんのライフワークのひとつとも言える大衆批判論にはあまり関心が持てない、と正直に書いたことがある。それよりも彼の実存のほうにこそ関心がある、とも。

本著の前半は、まさしく西部さんの実存に関する話だ。ここで、彼は自らの生涯をふりかえっている。多感であり、また孤独でもあった、北海道での少年時代。持ち前の頭の良さゆえ東大へと進学し、そこで学生運動に明け暮れた青春時代。逮捕、投獄という経験を経て後の、大学での窮屈な教員生活。そして“例の一件”を機に歩むこととなった評論家人生……

“例の一件”とは、人文・社会科学系の学生たちなら一度は聞いたことがあるだろう、東大駒場騒動である。騒動の原因となった学者の名をとって、「中沢事件」とも称される。西部さんは、この騒動の当事者のひとりだったのだ。本著では、当事者だからこそ書ける騒動の内実が明らかにされており、なかなかに野次馬根性をそそられる……じゃなかった(w)、興味深いと感じる(;^_^A

この騒動を機に、西部さんは大学教授の仕事を辞め、以降は評論家人生まっしぐら、である。当然ながら、カネには結構苦労したようだ。それでも、他の坊ちゃん育ちの大学教授連中とは違い、貧乏な青年期を過ごしてきた自分だからこそ、経済的困窮にも耐えられた、と西部さん。

分かるなぁ、その気持ち。僕も若いころには結構な貧乏生活を経験したから、転職やそれにともなう経済的困窮、不安定があまり怖くはなくなった。貧乏なぞ、慣れっこになってしまったからだ(w

 

中盤あたりから、また例によって時事問題、つまりアメリカがどうだの、日本の大衆社会がどうだの、といった話が増えてきて、正直、あまり面白くなくなる(;^ω^)

だが後半に入って、またぐいと引きつけられるのだ。西部さんの筆致に、死が次第に色濃く影を落としていくからである。

身体もだいぶ衰え、神経痛に悩まされていた西部さんは、死を想うようになった。本当は河原で拳銃自殺したかったが、知人が亡くなり拳銃が手に入るあてがなくなったのでどうしようか、と本著にはある。すでに彼の最期を知る我々読者にとって、このくだりは読んでいて胸が痛くなってくる。

 

西部さんにとって大きな転機となったのは、奥さんの逝去であった。

本著を読んでいると、西部さんの人生において奥さんがいかに重要な位置を占めていたか、がよく分かる。

奥さんは、西部さんの北海道の高校の同級生であった。そして西部さんが東京にて学生運動に明け暮れていたころ、再会を果たし、そのまま結婚に至る。このあたり、さながら恋愛小説のごとき趣きがある。それから先、ふたりは二人三脚の人生を歩んだ。西部さんが上述の経緯により大学教授を辞し、評論家業を始めた際にも、奥さんはサポートしつづけたという。

彼女の存在がなければ、評論家・西部邁はあり得なかったのだ。

同じく妻を深く愛し、彼女のあとを追うように亡くなったのが、文芸評論家の江藤淳さん(1932‐1999)だった。彼の死もまた、自殺であった。

西部さんは当時、江藤さんの死を批判したのだという。だがそれは、同族嫌悪というものではなかったか。西部さんは、江藤さんのなかに自らの似姿を見出したのではなかったか。

 

 

本著のタイトルは『ファシスタたらんとした者』。ファシスタというのは、要するにファシストのことである。

西部さんは本著のなかでしきりに、自らのことをファシスタと呼んでいる。

え、どうして? 西部さん、大衆のファシズム的熱狂とか、一番嫌いそうなのに……。

その詳しい理論的根拠は、本著のなかにちゃんと書いてあった。

≪一九二〇、三〇年代そして四〇年代前半のファシスタやナチス決断主義的なやり方にゴロツキやチンピラがたくさん入り込み、反対者に陰惨な弾圧を加えたことをこの老人が軽視しているというのではない。彼らのいう「統一」がトータリテリアニズム(全体主義)に(個人の自由を抹殺するほどに)固着されていったことを肯定する者でもいささかもない。この老人のいいたいのは、近代において人々が私的に孤立するのを促進するものとしての原子論的個人主義を、(他者との関係に配慮するという意味で)相互的個人主義に変質させ、さらに集団成員の自発性を抑圧する類の閉鎖的な硬直的集団主義を、その自発性を汲みとって集団にダイナミックな展開力を与えるような開放的な伸縮的集団主義に変容させるには、国民社会の伝統にもとづく統合が必要だといっているにすぎない。≫(283‐284頁)

なんだか、読んでいて頭が痛くなってくる箇所だが(w)、要するに、リベラル・デモクラシーを必ずしも全否定することなく、むしろそれを大枠では肯定したうえで、その副作用を中和するにはファシズムの要素を部分的に取り入れる必要がある、ということをここで西部さんは訴えているのだ。それはあるいは、マイケル・サンデル教授の追求するコミュニタリアニズム的共和主義とも近いものなのかもしれない。

ファシスタという言葉には、もうひとつ、意味がありそうだ。イタリアのファシストたちは、戦争という非日常のなかへ自らを投げ込むことを訴えた。西部さんもどうやら、そうした非日常的興奮を希求してやまない人間のひとりだったようだ。

 

西部さんの生涯は、闘いの生涯でもあった。本著は、したがって彼の“戦記”でもある。

 

本著には補論として、西部さんの天皇論と信仰論が巻末に収められている。このうち、天皇論は個人的にとても興味深かった。西部さんの天皇観は、さすが社会科学者なだけあって(w)、とてもドライかつ現実主義的である。僕は西部さんの天皇観に、おおいに共鳴する。

 

ファシスタたらんとした者

ファシスタたらんとした者