Furusawa Keisuke's blog

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書評『エーコの文学講義』

本ブログでは以前、イタリアの哲学者にして作家でもあるウンベルト・エーコ(1932‐2016)『論文作法』という本を取り上げた。

これはタイトルのとおり、(文系の)論文の書き方についてあれこれ教えてくれる指南書である。タイトルだけ見るとなにやらお堅い本かと誤解されるかもしれないが、いやいや(w)、全然そんなことはない。エーコがとてもユーモアたっぷりに語ってくれるものだから、最後までまったく退屈することなく読み通すことができるのである。

なるほど、これがウンベルト・エーコの魅力なのかぁ、と納得したのをよく覚えている。

 

今回ご紹介する本は、『エーコの文学講義 小説の森散策』岩波書店である。

上述のとおり、多才なエーコには文系の研究者というだけでなく、小説家としての顔もあった。彼の小説家としての代表作『薔薇の名前』は、なんとあのショーン・コネリー(!)主演で映画化もされており、本ブログの映画評でも以前取り上げたことがある。

本著では、そんなエーコが論文ではなく小説の読み方、書き方について解説してくれるのだ。もちろん今回も例によってユーモアたっぷりの語り口である。

本著は、平易な話し言葉で書かれている。解説によると、エーコが米ハーバード大(!)にて行った講義を活字化したものが本著であるらしい。まるで“エーコ教授”が我々読者を相手に講義をしてくれているかのようだ。まさにエーコ版『ハーバード白熱教室』である(w

 

本著にて取り上げられるのは、当然ながら、ヨーロッパの小説である。日本の太宰や三島などは残念ながら出てこない(w)。そのため海外の文学や欧米の言語にさほど明るくない読者にとっては、退屈か、あるいは話がピンとこないかもしれない。

たとえば、時制の話。本著第1章にて、エーコは、ジェラール・ド・ネルヴァルというフランスの作家の『シルヴィー』という小説を取り上げ、それがフランス語の半過去時制と単純過去時制とを巧みに使い分けていることを指摘している(21-22頁)。ところが日本語ではもちろん、日本人がよく馴染んでいる英語にも、半過去時制は存在しない。そのため、ここでのエーコの話は日本の読者には分かりづらいかもしれない。

 

それでもやっぱり、我らがエーコの話は面白いのだ(w

たとえば第3章。小説の作中世界にて時間をどのように進めるか、という問題で、彼は唐突にポルノ映画(!)を喩えに持ち出すのである。

え、どういうこと?

エーコ教授の講義に耳を傾けてみよう。

 ≪普通の映画のなかでは、登場人物が飛行機に乗ったかと思うと次のカットですぐに到着しているのにお目にかかります。ところがポルノ映画では、だれかが一〇ブロック先まで車に乗っていくとなると、車は一〇ブロック――現実の時間で――移動します。(中略)

 その理由はとても単純です。ポルノ映画は性描写を見せて観客を満足させるためにつくられていますが、一時間半途切れることなく性行為を提供するわけにはいきません。(中略)したがって、ひとつの物語のなかに性行為を按配する必要があるわけです。しかしわざわざ興味をそそる物語を考えつくための想像力もお金も使うつもりなどありませんし、観客のほうも、ただ性行為だけを待ち望んでいるわけですから、物語には関心を持ちません。それで物語は一連の日常の些細な出来事と化してしまい、ある場所へ移動するとか、外套を着るとか、ウイスキーを飲むとか、たわいのないことについて喋るとかいった具合になるのです。≫(87‐88頁)

これなどは、日本のAVにもほぼそのまま当てはまる話ではないか(w)。AVが「本番」以外はたいてい、男優と女優のくだらない、場合によってはイタい会話に延々尺を費やすのも、これが理由だったのである。

優れた講義を行う教師は、ときに意外な喩えを持ち出す。『ハーバード白熱教室』にて、サンデル教授がアリストテレスの目的論的世界観について解説する際、「くまのプーさん」を引き合いに出していたのを僕は思い出す。

 

文体が平易なわりには、本著の内容は結構高度である。あいにく僕は文学理論にはあまり明るくないもので、恥ずかしながら本著のなかでも意味がよく分からない箇所が少なくなかった。

それでも本著は、小説の読み方、書き方に関して、とても勉強になる。僕は小説には、というか、文学全般に実はあまり興味がなく、しいて例外を言うなら三島由紀夫村上春樹、それから海外文学ではドストエフスキーを比較的よく読む程度である――あ、あとは森見登美彦くらいか(w

それ以外にはあまり関心がなく、したがってこれまで小説などろくに読んでこなかったのであるが、今回本著を読んでみて初めて、「あ、文学って、面白そうだな。それも海外文学。もっと読んでみたいな」と思えるようになった(w

さすがに自作の小説を書くのは面倒だし恥ずかしいが――僕が書くとどうしてもただのラノベになってしまいそうw(;^ω^)――海外文学を読むだけなら、十二分に可能だ。

まずは、ドストエフスキー以外のロシア文学から、読んでみようかな。

 

エーコの文学講義―小説の森散策

エーコの文学講義―小説の森散策