Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『平凡パンチの三島由紀夫』

僕は以前、ある保守系の団体にコミットしていたことがある。

そこでは毎年、三島由紀夫の命日の近くになると、追悼祭を催していた。

追悼祭のプログラムの一環として、『英霊の聲』の一部分を三島本人が朗読したテープが毎回流された。その朗読テープでは、ご丁寧なことに「などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし」という有名な箇所でエコー(残響)がかかる演出がほどこされており、「などてなどてなどて……たまいしいしいしいし……」みたいな感じになっていた。

……その団体を離れた今だから正直に白状してしまうが、当時の僕は、言っちゃ悪いが、笑いをこらえるのに必死だった。……だって、笑うでしょ? 朗読テープでわざわざエコーなんてかけられたら

朗読テープに限らず、追悼祭の雰囲気そのものに、僕はどうしても違和感を覚えずにはいられなかった。その違和感の原因は、いったい何だろう。

それは、その団体の人々が一貫して「烈士・三島由紀夫」にのみ関心を向けていたからだ。

僕は違った。僕が関心を持っていたのは、たとえば、徴兵検査に落ちてむしろ大喜びした三島さんであり、60年代当時まっとうな大人が見るものじゃないと言われたヤクザ映画を絶賛した三島さんであり、漫画が大好きでニャロメについても論じた三島さんであり、映画に出演してご丁寧にも下手くそな主題歌まで披露してみせた三島さんであり、その撮影現場で怪我して病院に担ぎこまれた三島さんであり、その演技がシロウトだと酷評された三島さんであり、なぜかカニが大嫌いな三島さんであり、自衛隊でレンジャー訓練を受けるもロープを渡る訓練で失神してしまった三島さんであり、同じく自衛隊内での走る訓練にて高齢ゆえにいつも置いてけぼりをくらった三島さんであり、つねに同性愛を疑われつづけた三島さんだったのだ。

僕には「烈士・三島由紀夫」はそうした「三島さん」の多様な姿のひとつとしか思えなかったし、もっと言えば、彼のなかでも“陳腐な”一面だとすら思った。

そうしたすれ違いもあって、僕は最終的にその団体を離れたのである。

 

本日ご紹介する書籍『完全版 平凡パンチ三島由紀夫河出書房新社を読んで、僕はその三島追悼祭のことを思い出した。

著者・椎根和さんは、タイトルからも想像がつくとおり、雑誌『平凡パンチ』の編集者であった。生前の三島とも、何度か会ったことがあるという。

本著において椎根さんは、「烈士・三島由紀夫」を描いていない。彼が描き出すのはあくまで、僕が言ったような「三島さん」である。

博識である椎根さんは、三島と彼が愛した映画について多くのページをさいて論じており、ときには三島を、あの革命家チェ・ゲバラとさえ比較している。60年代当時の三島が、今風に言えばアイドルとして強い大衆的人気を誇っていたことも、本著のなかで詳述している。

なにせ三島さん、ノーベル賞候補の売れっ子小説家であるだけでなくボディビルディングもやっており、その肉体美をいかして写真誌のモデルまでつとめたこともあるのだ。上述のとおり映画の主演までつとめたこともあるし、これまた上述のとおり自衛隊体験入隊しレンジャー訓練を受けたことさえある。これだけド派手なことばかりやっていて、世間が騒がないはずがないじゃないか(w

椎根さんはそんな「芸能人としての三島」を余すところなく描き出すのである。

 

さすが、三島と一緒にいたことのある人だ。初めて聞く話も次々出てくる。たとえば、この箇所。

≪ぼくが、「こういう時は、なんか音楽が、BGMがほしいですね」というと、三島は、「高倉健の『網走番外地』みたいなやつね」という。ぼくは会話を途切らせないため、「あれ、三島さんは鶴田浩二の方が好きだったんじゃないですか」と、まぜっかえすと、「うん、歳のことを考えると、学生みたいにストレートに健さんといえなくなっちゃった。でも本当は高倉健のほうが好きなんだ」≫(132頁)

「えっ!?」

僕は大層びっくりした。僕はてっきり三島は鶴田浩二びいきだとばかり思っていた。高倉健も、まぁ嫌いではないんだろうけど、本命は鶴田だと思っていた。だからこの箇所にはとても驚いたのだ。

 

椎根さんはもちろん、「あの事件」についても触れている。だがそれは、本著ではサイドストーリーにすぎない。椎根さんは、生きていたころの、あの芸能人としての三島、右翼からはニセモノと見なされていたころの、あの「三島さん」をこそ描いているのだ。

あとがきにて、椎根さんは以下のように書いている。

≪三島の死後、おびただしい量の、いわゆる三島関連本が刊行されたが、そこにでてくる三島はほとんど、床の間あたりに敬して遠ざけておきたいような薄暗い印象の人物として登場してきた。自分が日常的に接して感じていた、あの光彩陸離たる魅力を発散させていた三島は、どこへ行ってしまったのだろう。三島が可哀想に思えてきた。≫(327頁)

床の間あたりに敬して遠ざけておきたいような薄暗い印象の人物……おそらくは、本記事で述べてきたような「烈士・三島由紀夫」のことではあるまいか(違うかもしれないが)

椎根さんは、「あの光彩陸離たる魅力を発散させていた三島」、つまり僕のいう「三島さん」をこそ、描きたかったのだ。そして僕も、そんな「三島さん」について、もっと知りたいと思ってきた。

本著は、したがって僕にとって、非常に満足のいく本であった。椎根さん、ありがとう。

 

完全版 平凡パンチの三島由紀夫

完全版 平凡パンチの三島由紀夫