Furusawa Keisuke's blog

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書評『満洲帝国ビジュアル大全』

かつて、日本人が満洲――今日、中国東北部と呼ばれている地域――に建設した国が、満洲国であった。

この国は、清朝最後の皇帝・溥儀を、建国後まもなくその新しい皇帝に迎え、以降は「満洲帝国」とも称されるようになった。

戦前の日本では、この満洲帝国を宣伝するポスターが多数制作された。

本日ご紹介する『満洲帝国ビジュアル大全』洋泉社は、そんな戦前の宣伝ポスターを多数収録したムック本である。

監修(著者ではない)をつとめるのは、評論家の辻田真佐憲さん。本ブログではこれまで、辻田さんの著作をいくつか取り上げてきた。右翼というほどではないが――むしろどちらかといえばリベラル寄りとさえ言えるが――戦前の日本社会に極めて造形の深い人物であり、僕は最近、彼の著作に注目しているのだ。

本著では、そんな辻田さんを監修に迎え、これまた戦前日本に詳しい複数の著者たちが文章を執筆している。

 

満洲帝国は、「五族協和」を訴えた国家であった。五族協和とは、日本人、満洲人、中国人、朝鮮人、そしてモンゴル人の五民族で仲良く暮らそうよ、という意味のスローガンである。そのため、当時のポスターを見ると、これらの民族を代表する人物たちが互いに手を携え踊っている場面が目立つ。

だがそのなかでは、日本人だけが洋装である場合が多い。つまり、これら東洋の民族のなかで日本人だけが近代化を成し遂げた特権的民族であることを、これらのポスターは暗示しているというわけなのだ。

同じような例はほかにもある。日本と満洲国との団結を訴えるポスターでは、日本人が大人(かつ軍人)満洲人が子供の姿で描かれることが多い。

つまり、日本こそが大人=主体であり、満洲国はその庇護下に置かれた子供だということを、つまりは両国の現実の力関係を、これらのポスターは暗示しているのだ。

あるいは、満洲の女性を描いたポスターが多いという点も、とても興味深い。

入植者たる日本人=男性にとって、肥沃な満洲の地は、魅力的かつ従順な女性としてイメージされたのである。

人文系インテリの人たちにとっては今さら言うまでもないだろうが、これはオリエンタリズムそのものである。かつて、西洋人(=男性)が東洋を女性(=他者)として表象したのと同じように、その東洋人たる日本人(=男性)もまた、同じ東洋人である満洲を女性(=他者)として表象したのである。

もちろん、ポスターの制作者たちは、実際にはそこまで意図してポスターをつくったわけではないだろう。だがポスターというのは面白いもので、製作者たちが意図していなかったメッセージをも、それは発してしまうものなのである。

 

監修の辻田さんは、本著にて以下のように語っている。

満洲国のイメージは、どれも美しく華やかだ。まずはそれを楽しみ、それに驚いてもらいたい。単に暗いイメージだけでは、なぜあれだけ多くのひとびとが満洲国に惹きつけられるのかを理解できないからである。

 ただ、それだけでは十分ではない。由来、一致団結しているひとたちに一致団結を訴える必要はない。五族協和。日満親善。王道楽土。満洲国の多種多様なプロパガンダやスローガンの数々は、かえってその欠乏や不足を暴露してもいる。≫(4頁)

まったくもって、彼の言うとおりだろう。

これと同じことが、ナチスについてもあてはまる。ナチスプロパガンダ映画『意志の勝利』を見てまず驚くのが、当時のドイツは非常に「美しく華やか」だったということだ。

これは、戦後生まれの我々にとってはとても意外なことに思える。我々は1930年代のドイツというとどうしても、排外主義的な極右が支配した暗い時代だというふうに想像してしまいがちだからだ。

だが、そういう想像こそが“罠”なのだ。辻田さんの言葉をもじるなら、「単に暗いイメージだけでは、なぜあれだけ多くのひとびとがナチスに惹きつけられたのかを理解できない」。

我々は、先入観をいったん取っ払って、1930年代のドイツあるいは満洲が、とても「美しく華やか」だったことを認めるところから始めなければならない。

五族協和というスローガンに対する辻田さんの指摘も、これまた的確だ。

戦前の日本では、「五族協和」だとか「内鮮一致」だとかいったスローガンがさかんに叫ばれた。どうしてか。

言うまでもない。実際には日本人(内地人)朝鮮人はじめ他民族との間に歴然たる格差があったからである。

 

さて、話は変わるが、満洲国がもしかりに21世紀の今日まで存続していたら……と想像するのは、とても楽しい思考実験だ。

いったい、どんな国になっていただろうか。

ポスターには、『まんがタイムきらら』的な萌えキャラクターが採用されていただろうか?(w

満洲国の生みの親である石原莞爾は、満洲をただの従属的な植民地にするのではなく、場合によっては日本と喧嘩すらできるような、独立した強い国家へと育てたかったようだ。

案外、第二次世界大戦を生き延びた世界線での満洲国は、日本に反発し、独自路線を歩むようになったかもしれない。その場合には、満洲国内における事実上の日本人優遇政策は改められ、諸民族にとって平等な共生政策が採用されていたかもしれない。

このように考えるのは、なんとも楽しいことだ。

 

満洲帝国ビジュアル大全

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