Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『ドキュメント 新右翼』

中学生のころ好きだった雑誌で、『BUBKA』ブブカというサブカル雑誌があった。

そのなかで連載をもっていたうちのひとりに、作家の見沢知廉(1959-2005)がいた。

彼のプロフィール欄には「新左翼から新右翼へ転向」とある。

当時中学生だった僕には、この言葉の意味が分からなかった。そもそも左翼と右翼の違いすらまだよく分からないというのに、そのうえ「新」までつくとなると……ますます意味が分からなくなるのだ。

 

本日ご紹介する『ドキュメント 新右翼 ――何と闘ってきたのか』祥伝社は、まさにその新右翼をテーマとする書籍である。

著者は、ノンフィクション作家の山平重樹さん。

 

新右翼は、いったい何が「新」しいのか。それにはまず、新じゃないほうの右翼の解説から始めなければならない。

本ブログではこれまで、頭山満北一輝大川周明など、“戦前の”右翼思想家・活動家に関する本をさかんに取り上げてきた。それでは、戦後になってからの右翼は、いったいどうだったのだろう。

……乱暴に言ってしまえば、右翼はヤ〇ザさんになってしまったのである。それに反発し、もっと純粋に民族主義天皇主義の研究や運動を目指した新しい――ある意味では戦前に回帰した――タイプの右翼が、新右翼なのだ。

本著の主人公たちである。

 

1960年代は学生運動の時代として広く知られているが、このころ、「右翼版学生運動」もあったことは、あまり知られていない。山平さんは、普段光を当てられることのない彼ら右翼学生活動家たちを本著にて詳細に取り上げている。

意外にも、といっては失礼だろうが(;^_^A、彼らはよく本を読んでいた。読まなければ左翼学生たちにたちどころに論破されてしまうからだ。学生運動は彼らを知的に鍛え上げていったのである。

本著を読めば、皆さんの頭のなかの右翼のイメージが、きっと変わるはずだ。

 

彼ら右翼の(元)学生活動家たちにとって大きな転機となったのはやはり、三島由紀夫事件であった。

三島の自決によって、一度は活動から足を洗ったはずの元活動家たちも、活動を再開するようになった。そして彼らが、新右翼の活動の中核となっていくのである。

 

北一輝に霊感があったのは有名な話だが、本著を読むと、彼ら新右翼のなかにも霊感のある人たちがいることが分かる。

たとえば、三島の霊を見たとか、特攻隊の若者たちの霊と話をした、といった話が本著のなかで出てくるのだ。僕は寡聞にして、左翼のなかでこのテの話を聞いたことはない。

右翼の物語には、こういう神秘性がつきまとう。

 

本著を読むと、「活動をやる前はノンポリ、あるいは左翼的だった」「少年期に親戚に左翼がいて、その影響を受けていた」といったタイプの右翼活動家たちが意外にも多いことに気づかされる。なかには大胆にも新左翼(※)から新右翼へと鞍替えした、上述の見沢のような人すらいた。

これは、旧来の右翼と新右翼とを分かつ、違いのひとつと言えるかもしれない。

 

※おっといけない、新左翼のほうの解説がまだだった。社会党共産党などの既成左翼に反発して登場したのが新左翼であり、具体的に言えば革マル派中核派赤軍派などがこれにあたる。もっとも今日ではもはや新でもなんでもないが。

 

本著を読んでいて、ワクワクしたことがひとつある。本著に登場する新右翼の活動家たちが、僕と同時代人だということだ。

これまで取り上げてきた戦前右翼に関する本では、当然ながら登場するのはとっくの昔に鬼籍に入った人たちであった。

一方、本著に出てくる人たちはその多くが同時代人であり、もっといえば僕とも面識のある(!)人たちが結構多いのである。……本ブログの読者の方ならご存知かと思うが、僕もかつては政治運動にすこしばかりコミットしていた時期があったのだ。

「あぁ、あの人ね。そういえばあの時、あの人からはあんなことを言われたっけなぁ……」としみじみと思い出すこともあったし、「えっ、あの人にまさかそんな過去が!」と驚くことも、たびたびあった。

戦前右翼に関する本では、こういうことは絶対にない(w

 

さぁ皆さん、新右翼について、どう思われるだろうか。「彼らなりに志はあるのだろうけど、やっぱり怖い人たちだなぁ」と、おそらく多くの人たちが思っているのではあるまいか。

僕も、彼らの活動を全肯定するつもりはない。僕は彼らと違って「YP体制」――ヤルタ(Y)会談とポツダム(P)宣言によって規定されたこの戦後体制のことを、彼ら新右翼はこう呼ぶ――を必ずしも全否定しようとは思わない。

だが本著を読んでいて、彼らに“人間的に”強く惹かれるのも、また事実である。実を言うと僕はかつて政治運動にコミットしていた時、彼らに思想的というよりかはむしろ人間的に惹かれたのだったし、今回本著を読んでみて、あらためて彼らの人間性に強く惹かれた。

僕は、したがって本稿を以下のように締めくくるとしよう。

僕は、彼らのようには考えない。だが、彼らのように生きたい。

 

ドキュメント 新右翼――何と闘ってきたのか(祥伝社新書)

ドキュメント 新右翼――何と闘ってきたのか(祥伝社新書)