Furusawa Keisuke's blog

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書評『保守の真髄』

評論家、西部邁さん(1939‐2018)の晩年の著作は、どれもこれも、“遺書”という趣きが色濃い。

彼は人生の最期に、自らの社会観、人生観などを次世代に向けて語りつくしてから、旅立ちたかったに違いない。

 

本日ご紹介する『保守の真髄 老酔狂で語る文明の紊乱』講談社は、西部さんが自ら命を絶つ直前、2017年12月に上梓された本であり、彼の生前に刊行された最後の著作である。

その意味で、本著もまた、西部さんの遺書のひとつ、と言っていいだろう。

先日取り上げた『妻と僕』では、西部さんのこれまでの生涯の歩みが主に語られていた。一方本著では、彼は自らの半生については語らず、学問の話に徹している。

本著において、西部さんは自らの日本観、アメリカ観、民主主義観、大衆観、そして経済観など、本当に縦横無尽に語りつくしている。この本一冊まるごと全部が「西部邁・総集編」といった感じだ。自らの思想をしっかりと次世代に伝えたいという彼の意志=遺志が、ひしひしと感じられる。

西部さんの著作をまだ読んだことがないという方で、彼の人となりではなく、彼の遺した思想を概観したいという人がいたら、僕はまず本著から読むことをお勧めしたい。

もっとも、西部邁ビギナーの方にとって大きな躓きとなろうものが、あの独特の“西部節”である。

『妻と僕』は彼の著作にしては珍しく話し言葉で書かれていたが、本著は完全に例の“西部節”(w)。英単語の原義をラテン語ギリシャ語までさかのぼるあのスタイルが延々と続けられ、またいかにも西部さんらしく、大衆への愚痴がどのページにもこぼれている。西部ビギナーは、したがってまずこの奇妙な文体に慣れるところから始めないといけない。

こう言っては不謹慎だろうが、「先生、せめてもうちょっと、読みやすい遺書を残してくださいよ」とグチのひとつも言いたくなるところだw(;^ω^)

 

本著において展開される彼の豊穣な思想については、もちろんその全てをここで紹介することはできない。皆さん、実際に本著にあたっていただきたい。本稿では、したがって僕が個人的に面白いと思った箇所のみ、紹介するにとどめる。

 

西部さんは、とても現実主義的な思考の持ち主であった。

たとえば、核=原子力について。西部さんは反原発には否定的であり、原発を何ほどか利用するのは、日本の文明にとって不可避の方策なのである≫(206頁)と書いている。とはいうものの、彼は吉本隆明のような熱心なテクノロジー擁護派というわけでもないようだ。彼はこう言う。

≪極私的にいうと、「自分の立場は反原発ではなく反電力であり、蝋燭の文明で結構」、「鉄砲の前の刀の時代にまで登って戦争を再開せよ」という冗談を飛ばすのが述者の場合である。しかしこんな冗談が政策論になるわけもない。現代世界は核といういわば「悪の業火」を受け入れ、その方向からもはや戻れないという意味ですでに呪われた文明となってしまっているのだ。≫(206‐207頁)

どうやら西部さんの本音は、「江戸時代に戻ろう」であるらしい。

たんに「江戸時代に戻ろう」というだけであれば、反原発派のサヨクもよく言っていることだ。だが彼は、同時にそれが非現実的であることも十分承知している。たとえ問題があるにせよ、我々はすでに原子力という「悪の業火」を受け入れてしまった。それはたしかに「悪」ではあるのだが、だからといって今日の我々にもはやその「悪」を取り除くすべはない。我々はこの「悪の業火」と共存していくよりほかに道はないのだ――そう西部さんは諦観している。この点、安直に「江戸時代に戻ろう」などと唱える反原発サヨクとは、決定的に異なるのである。

 

本著の前半部分にて、西部さんは自らの日本観を明らかにしている。面白いのは鎌倉仏教に関する彼の理解。バラエティーに富む鎌倉仏教を、西部さんは実にコンパクトにまとめている。

≪わかりやすくいえば、親鸞(社会的)伝達に努め、日蓮は価値意識の(政治的)表現に、道元はその尺度(文化的)追求、そして旧仏教はその蓄積(歴史的)経験を重んじた、と分類できよう。追加しておくと一遍の始めた時宗は、いわば踊る宗教として宗教意識を身体次元にまで引き降ろしたものであるから、言葉による説明を超えた次元に入り込んでしまったといえる。いずれにせよこの時期に宗教的な意識と行動のありうべき基本型のすべてが開示されたのである。≫(61頁)

「わかりやすくいえば」とご当人は言うが、正直、僕には分かりにくいw(;^_^A だが、多種多様な鎌倉仏教をこのように実に論理的にまとめてしまう手腕には、本当に敬服させられる。

僕は以前、彼の『知性の構造』という本を取り上げたことがある。とても難解な本だったが、あの本のなかでも彼はこのようになんでもかんでも図式的にまとめてしまっていた。その手腕はまさしく(社会)科学的と形容するにふさわしいものだった。

本著でも、その『知性の構造』の要約とも言うべき箇所がある。本当に、本著は評論家・西部邁の総決算だ。

 

西部さんは、このように「科学の人」であった。しかしこれまで日本の保守を担ってきたのは、福田恆存にしろ三島由紀夫にしろ江藤淳にしろ、「文学の人」であった。

西部さんももちろん、このことはよく心得ている。文学のセンスはたしかに保守にとって必要なものだと彼は認める。だが同時に、彼は「文学の人」の限界も認識していた。

それは、コンセプト(概念)を打ち立てることを軽んじてきた、という点である。

たとえば英国の保守思想家エドマンド・バークはprescriptionやprejudiceといった概念を打ち立て、フランスの思想家・トクヴィルもまた「多数者の専制」などの概念を樹立した。ところが日本の保守は、そうした概念を打ち立てる努力をこれまで怠ってきたのだという。

いささか長い引用になるが、ここはやはり、僕のような一介のブロガーよりも、直接ご本人に語っていただくほうがいいだろう。

≪日本の保守思想の系譜にあっては、社会科学におけるチャチな概念の氾濫に抵抗してのことだろうが、自分らの思想を支える概念を打ち立てる努力があまりにも少なく、文学的なレトリックに頼りすぎているように思われてならない。レトリックが文なるものの生命線だとわかってはいるものの、しかし、概念化の作業がなければ、良きレトリックは「語り部の名人芸」になってしまう。社会科学などというものは大した代物ではないのだから、それらの全貌を見渡した上で社会科学的諸概念に対抗できる概念を樹立すればよかったではないか、との不満を述者は拭い切れないのである。自己宣伝をする気は毛頭ないが、述者はそのことを絶えず気にしながら保守思想を語ってきたつもりである。≫(242‐243頁)

僕はさきほど、西部さんのことを「科学の人」だと述べた。だが彼は半分は、「文学の人」でもあるのだ。彼の青春期における煩悶を知れば、彼がきわめて文学的な感性も持ちあわせていたことは直ちに理解できる。だからこそ、彼は「文学はどこまで語ってもよいのか、どこから文学は語ってはならないのか」という問題意識をつねに抱えていたのだろう。

評論家・西部邁は、いうなればいつも「境界線上にいる人」だ。既存のカテゴリーへの安直な分類を、彼は断固、拒むのである。