Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

最近見た映画の感想(第260回)

・『gifted/ギフテッド』

英語で"gifted"とは「才能がある」という意味である。才能は神からの贈り物(gift)だというキリスト教的な発想に基づくのだろう。

本作は、小学1年生でありながら天才的な数学の才能を持った少女のお話である。

少女の母親は天才数学者であったが、自殺してしまった。彼女は母の弟、つまり叔父のもとに引き取られ、今は叔父とふたりで暮らしている。彼は英才教育が嫌いで、少女にはなるべく普通の女の子として育ってほしいと願っている。

ところがそこに異を唱える人物が現れる。叔父の母、つまり少女の祖母だ。彼女は少女に徹底的に英才教育を施すべきと主張、ついには叔父と法廷で争うまでになる――こういうところがいかにも「訴訟大国・アメリカ」という感じで、イヤだなと思う。叔父は、祖母の言うような英才教育こそが少女の母を死に追いやったのだ、と徹底反論。両者の溝は深まっていく。

我々観客は、かくして難問に直面することとなる。今ここに天才的な才能を持った子供がいるとして、はたして彼/彼女には徹底した英才教育を施すべきなのか。それとも普通の幸せをつかめるよう、普通の子供として育てるべきなのか。

本作の提示する答えは……

主人公を演じる子役の少女が、本当にスゴイ(w)。まだほんの子供なのに、色気すら感じさせる演技なのだ(;^ω^)

一番の見せどころは中盤。叔父と、少女の通う小学校の女性教諭があ~ん♡した後を、少女が目撃してしまう。そのときの彼女のニタァ~とした笑いが本作最大の見せ場なのだ!(w

「あ~らセンセイ。センセイもやっぱり、女だったのねw(はぁと」

……という彼女の声が今にも聞こえてきそうだったw――もちろん実際にはそんなこと言いませんw

 

 

・『トキワ荘の青春

後に漫画界の巨匠となる若き才能たちを多数輩出したのが、トキワ荘だ。

本作は、そんなトキワ荘を舞台にした青春映画である。

もちろん登場するのは実在の漫画家ばかり。赤塚不二夫石ノ森章太郎つげ義春、Fのほうの藤子不二雄とAのほうの藤子不二雄、そしてなによりあの手塚治虫(!)、と本当に“アノ漫画家たち”が綺羅星の如く登場するのだ――あ、もちろん演じているのは若い役者さんですよw

本作に、明確なストーリーはない。もちろん、彼らが漫画家としての夢を掴むまでがおおまかなストーリーなのだが、本作はそれよりもむしろ、彼らの日常を静かなタッチで描くことを優先している。

今でこそ大家とされる巨匠たちも、若いころは「才能がない」だのとボロクソに貶されていた(w)。本作は、したがって今を生きる巨匠の卵たちにとっては、励みとなることだろう。

彼らが撒いた種は、やがて漫画・アニメ産業という大木へと成長した。つい最近も、実業家のイーロン・マスク氏が『君の名は。』をtwitter上にて称賛、話題となったばかりだ。

トキワ荘での彼らの青春から半世紀、漫画・アニメはついに日本を代表するグローバルコンテンツへと成長したのである。

 

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・『生きてみたいもう一度 新宿バス放火事件』

1980年に実際に発生した「新宿西口バス放火事件」に材を取った映画である。

主人公の女性。乗っていたバスが放火され、一度は死にかけるほどの、重傷の火傷を負ってしまう。

この場面での描写は、本当に痛々しい。見ているこちらのほうまで彼女の苦しみが伝わってくるようだ。

それでも皮膚移植手術や本人の頑張りもあって、彼女はなんとか退院する。献身的に介護してくれる夫も得、なんとか人生の再出発をしようとする彼女。

事件から丸一年を迎えた日、マスコミが彼女の自宅に押しかけ、執拗にコメントを求める――本作ではこういう無神経なマスコミの姿も描かれる。まったく、このころからマスコミはマス“ゴミ”だったのだ

犯人への強い言葉を求めているのだろうマスコミ関係者らに対し、彼女は意外にも、犯人を恨んではいない、そもそも恨むだけの体力がない、とあっさりと告げる。さらには「犯人を恨むということは、犯人に支配されることだ」とも。

この言葉、僕には分かる気がする。僕は昨秋、都内のある禅寺にて座禅を体験した。そのとき、年配の禅僧がやはり「人を憎むということは、その人に支配されるということです」と言っていたのをよく覚えている。

話を本作に戻そう。主人公はなんと、留置所内にいる犯人に、直接手紙を書く。その手紙は、どうやら犯人のもとに届いたようだ。彼女はさらに犯人との直接の面会を求めるが、拒まれてしまう。それでもなお、両者の“文通”は続く。

やがて夫が借金苦に陥り、ふたりは一時、心中を考えるが、やはり思い直す。そうして彼らはその後も生き続けるのである。

ラスト。犯人が事件当時、心神耗弱状態だったのを理由に、死刑ではなく無期懲役の判決が下る。「死刑でなくてよかったね」と淡々と告げる夫に対し、主人公は当然のことのように、こう告げる。

「当たり前でしょう。死んでもらっちゃ困るんだから」

主人公の女性を演じるは、桃井かおり。この桃井の演技が、本当に凄まじい。終始、圧倒されっぱなしであった。

 

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・『聖母観音大菩薩』

先日、本ブログにて評論集を紹介した若松孝二監督(1936-2012)

本作は、いかにも彼らしい、マザコン的ないし子宮回帰願望的な作品である。

主人公の女性は、800年生き続けているという、八百比丘尼。彼女は、自らの前に現れる男たちと次々交わる。

彼女と交わる男たちは、皮膚に火傷のような痕(原爆によるケロイド?)を持つがゆえに差別される人物であったり、アイヌ人であったり、左翼活動家であったりする。要するに、一般社会から疎外されてきた男たちばかりということだ。八百比丘尼は、そんな彼らを温かく包摂する。

この八百比丘尼を演じる女優があまり美人ではない(失敬!)ところがかえって良い。仏像に似ていると感じられるのだ(w

ひとつ、気になった箇所がある。左翼活動家の男と交わった八百比丘尼は「天皇はいつも体制側にいた」という趣旨の、暗に天皇制批判ともとれる発言をする。これには個人的に違和感がある。たしかに天皇は歴史上、体制の側にいた。だがそれは、天皇がむしろ反体制の人間たちを包摂ないし鼓舞する存在であったがゆえに、体制側によって“監禁”されてきた、というのが実態ではなかったか。そう、ちょうど本作における八百比丘尼のように。

……ちと難しい話になってしまったが、本作は基本的にはピンク映画なので、エロ盛りだくさん。男性諸君は軽い気持ちで本作を鑑賞してよいだろう(w

 

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・『われに撃つ用意あり』

これまた若松孝二監督による作品である。

ヤクザに追われる東南アジア系の女性が、東京・新宿にてバーを経営する主人公の男にかくまわれる。どうやら彼女はヴェトナム戦争の難民であり、セックスを強要しようとしたヤクザを殺害、そのせいで追われているらしい。

全共闘あがりの元活動家たる主人公は、ふたたび闘志を燃やし、この事件にかかわっていく。

……とまぁ、プロットはだいたいこんな感じだが、本作において重きをなすのは、全共闘時代の記憶である。作中の随所に、1968年の新宿騒乱――半世紀前のちょうど今くらいの時期に起こった――の映像が挿入される。とても、この日本で起きた出来事とは信じられない。だが、“ほんの半世紀前”の新宿で、実際に起こったことなのだ。

このほか、全共闘を懐かしむ元活動家や在日韓国・朝鮮人を差別する刑事が登場するなど、本作には政治色がかなり色濃く出ている。さきほどの『聖母観音大菩薩』とはまた違った意味で、いかにも若松監督らしい作品と言っていいだろう。

……あ、こちらはあまりエロはありません。残念でした(w

 

あの頃映画 「われに撃つ用意あり」 [DVD]

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