Furusawa Keisuke's blog

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書評『谷川雁革命伝説』

先月取り上げた評伝『渡辺京二』のなかで、評論家・渡辺京二に影響を与えた思想家として吉本隆明などと並んでその名が挙げられるのが、谷川雁(1923‐1995)である。

本日ご紹介する本は、そんな谷川の生涯に迫った評伝『谷川雁革命伝説 一度きりの夢』河出書房新社

著者は、本ブログではもはやおなじみ、“マツケン”こと評論家の松本健一さん(1946‐2014)だ。

 

僕は松本さんの本が大好きであるが、本著を読みはじめて、いささか困惑せざるをえなかった。

内容がどうにも、頭に入りづらいのだ。これまで、彼の本を読んでいてそんな経験をしたことなどなかったのに。

松本さんの文体はとても流麗で、まるで上質の日本酒が水のようにさらさら飲めるのと同じように、なめらかに読み進めることができる。そんな松本さんの文体が、僕は好きだった。ところが今回は、読んでも読んでもなかなか内容が頭に入ってこないのだ。

どうしてだろう? 理由はおそらく複数考えられる。

1.本著が、文体や執筆時期、掲載に至った経緯などが異なる複数の文章をまとめて一冊の書籍としたものであること。

2.谷川雁は基本的に詩人であり、自らの思想をおもに詩のかたちで発表してきたため、その思想内容が分かりづらい。

3.そもそも谷川の思想自体、右翼なのだか左翼なのだかよく分からない代物である。

4.著者の松本さんが谷川に対して思い入れが強すぎる。

 

1、2はさておき、3について簡単に説明するとしよう。

先日の『渡辺京二』の書評にて、僕は渡辺は≪この国における、今日ではもはや数少ない、本当の、最も根源的なレベルでの、そしておそらくは最後の、右翼なのだ≫と書いた。

実のところ、谷川にも渡辺と同じことがあてはまると思うのだ。

もちろん、彼自身は自らのことを左翼と規定していたことだろう。なにせ彼は、毛沢東を崇拝するアナルコ・サンディカリスト(※)だったのだから。

※ただのアナーキストではなく、組合(サンディカ)の運動を重視するタイプのアナーキストのこと。

もっとも松本さんは、谷川はただのアナルコ・サンディカリストではなく、東洋風のアナルコ・サンディカリストであったという。松本さんは、谷川の思想が戦前右翼の農本主義に近接していることにも当然気づいていたことだろう。

戦前の右翼たちには、天皇という絶対的存在がいた。農本主義を掲げる右翼たちにとっては、天皇こそ農村社会のシンボルであり、その守護者でもあった。それでは“農本主義者”・谷川雁にとって、天皇に相当する存在はいったい何だったのか。

毛沢東だったのである。

天皇毛沢東を結びつける発想は、けっして特異なものではない。ある意味では、毛沢東は戦前日本における天皇の機能的等価物とさえ言えるのである。

たとえば、今日の中国にて農民たちがデモを起こす際、彼らが毛沢東の肖像写真を掲げながら自らの主張を訴えるというケースがたびたび見られるのだという。

「俺たちの置かれた悲惨な現状を、たとえ現在の共産党幹部どもが許そうとも、偉大なる毛主席は絶対にお許しにならないぞ」というわけだ。これはちょうど、戦前日本の社会不安について、「これは君側の奸によって引き起こされた社会悪だ。陛下はこのような悪をけっしてお許しにはならないはずだ」と考えた右翼たちの発想と、とてもよく似ているのである。

 

話を谷川に戻すと、渡辺京二と同様、谷川もまた、日本古来の民衆の世界に憧憬し、それを守らんとした。彼は「民衆の軍国主義、それは民衆の夢のゆがめられた表現にすぎません」と言う。このあたり、渡辺や、彼が依拠したドストエフスキー『作家の日記』にも通じる発想だと捉えるのは、僕の穿ちすぎだろうか。

ドストエフスキーは、渡辺は、そして谷川は、民衆の生活世界を護持せんとする立場から、それを破壊せんとする<近代>という時代そのものに対し、(反)革命を企てたのである。

……うん、谷川雁って、やっぱり右翼だね(w

 

話が長くなったが、最後に上掲の理由4についても簡単に書いて本稿を締めくくるとしよう。

松本さんは、実をいうと十代のころに谷川雁の詩と出会い、感銘を受けたのだという。もともと、個人的にとても思い入れのある作家だったのだ。松本さんが谷川にどれだけ惚れこんでいたかは、以下の箇所に如実に現れていよう。

≪ああ、いま引用していてさえ、精神のどこかが感応する。ワクワクする。≫(24頁)

……あれ? なんだか、いつものマツケンさんらしくないな、普段クールなマツケンさんがこんなにも感情をあらわにするなんて、と僕は意外の感に打たれた。松本さんは、あのライフワークともいうべき大著『評伝 北一輝』においてさえ、こんな感情あふれる文章を書いたことはなかったように思う。

松本さんの、意外な一面を垣間見れた気がする一冊であった。

 

谷川雁革命伝説―一度きりの夢 (松本健一伝説シリーズ)

谷川雁革命伝説―一度きりの夢 (松本健一伝説シリーズ)

 

 ※今回、僕が読んだのは辺境社版ではなく、河出書房新社刊行のものです。したがって、引用箇所のページ番号に相違があるかもしれません。ご了承ください。