Furusawa Keisuke's blog

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書評『女装する女』

「じょ、女装する……女!? いったい、どういうこと???」

 

本日ご紹介する書籍、『女装する女』(新潮社)の一風変わったタイトルを見て、おそらく多くの人は頭を抱えるに違いない。

「『女装する女』ってどういう意味? 女装は男がするから女装なのであって、女はもとから女装してるようなもんじゃん!」

と。

「ところがどっこい、そうじゃないんだよ」というのが、本著の著者である著述家・湯山玲子さんが言いたいことなのである。

本著は複数の章から構成される。各章はいずれも「〇〇の女」というふうに題されており、現代日本社会に登場した新しいタイプの女性たちが俎上に載せられている。

そのうちの最初の章が、本著そのもののタイトルにもなっている「女装する女」というわけなのだ。

 

さぁ、「女装する女」とは、いったいどのような意味か。

本ブログ読者の皆さまのうち、女性の方ならばピンとくると思うのだが――逆に言えば男性の読者諸氏にはいまいちピンとこない話かもしれない――「女」は24時間365日いつだって「女」だというわけでは必ずしもない。生物学的な意味で女性であれば即「女」、という単純な話ではないのだ。

実のところ、世の女性たちは結構意識的に、もっと言えば無理して、「女」として振る舞っているのである。

毎朝、時間をかけてばっちりメイクする。歩きにくいハイヒールを履く。流行のファッションはつねにチェック。肌の手入れも欠かさない。

……このような“人工的な”「女」の状態を長時間にわたって維持することは、当然ながら不可能である。女性であっても、否、女性だからこそ、「女」を捨てたくなることだって当然あるし、むしろ「女」を捨てている時間のほうが長いくらいかもしれない。

「女」を捨てているほうが、圧倒的にラクだ。「女」として振る舞うということは、世の男性諸君が想像している以上に、疲れることなのである。

 

女装という行為は、このような「女」ジェンダーを積極的に引き受ける、という意味でもある。

興味深いことに、普段は「女」ジェンダーを引き受けていない、つまりは「女」を捨てている女性であっても、たまになら、上述の意味で「女装」したくなるものらしい。

……そう、これこそが、本著のタイトル「女装する女」の意味なのである。

 

著者の湯山さんは、男性のように社会進出する(=「女」ジェンダーを捨てる)のが当たり前となった現代日本の女性たちは、言うなればその息抜きとして、「女装」、すなわち「女」ジェンダーを意識的に引き受けるようになったのだ、と本著にて解説している。

なにも、上から下まで100%「女」になるわけでは必ずしもない。パンツスーツであっても、ただ一箇所、ネイルの部分のみ綺麗にオシャレするだけでも、ある意味では部分的な「女装」と言えるのだ。

その意味で、湯山さんが注目するのは、経済評論家の勝間和代さんである――彼女はまた、自身がレズビアンであることをカミングアウトしたことでも知られる

いつもバリバリと仕事をこなし、「女装」とはまるで縁がなさそうに見える勝間さん。だが観察眼の鋭い湯山さんは、彼女がネイルだけは常に美しくオシャレしている点を見逃さなかったのである。

 

湯山さんの「女装する女」という発想は、とても着眼点が優れているな、と感心する。

これは、「女らしさ」という文化は永久に不滅である、ということも意味している。

「女らしさ」という文化は、フェミニズムの人たちからは、あまり評判がよろしくない。「女らしさ」は、男性優位の家父長制社会によって女性たちに押しつけられた前時代的な価値観にすぎず、女性たちにとっては窮屈でしかない、というわけだ。

フェミニズムの側からのこうした批判も、確かに一理はあった。上述のとおり、女性は「女」ジェンダーなど捨ててしまったほうが、圧倒的にラクだからである。

ところが、社会の変化というのはまことに面白いもので、一見前時代的に思える「女らしさ」は、完全には消えなかったのである。

理由はふたつ考えられる。ひとつは、「女らしさ」の担い手が必ずしも生物学的な意味での女性に限定される必要はない、ということに世の(女性化願望のある)男性たちが気づいたということ。これが昨今の「女装男子ブーム」へとつながる。

もうひとつは、女性といえども24時間365日いつだって「女」でいる必要はない、ということに世の女性たちが気づいたということ。つまり、「女」は一種のパートタイム・ジョブであっても構わない、ということに世の女性たちが気づいたのである。

この二点の気づきによって、「女らしさ」という旧来からの文化は、21世紀の今日でも存続することが可能となったのである。

※この事実は、単なるジェンダーの問題をも超えて、この21世紀において旧来からの文化を保守するためにはいったいどうすればいいのか、という問題についてとても重大なヒントを与えてくれているように、僕には思えてならない。

 

さて、話はやや飛ぶが、僕が最近、個人的に注目しているウェブサイトのひとつに、「女装ワールド」というものがある。

その管理人であるクリハラチアキさん――「彼女」自身も女装男性である――が、やはり湯山さん同様に「女装する女」について言及した記事があるので、ここに皆さんにご紹介したい。

 

josou-world.com

もはや「女装する男」など当たり前! これからは「女装する女」の時代なのだ。

 

女装する女 (新潮新書)

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